第167回「演劇専用小劇場BLOCH(ブロック)」
こんにちは。
札幌事業所の石田です。
YouTubeのコメント欄って、思いがけず、ものすごく気の利いたセリフとか、どこの文豪が書いたのかと思うような文学的な表現に出会ったりしますよね。僕は今、ぐんぴぃという芸人さんの、「彼女が出来て卒業したので記者会見をする」という、とても下世話な内容の動画を見ています。そして、そのYouTubeのコメント欄にすっかり感化されております。したがって、ガチトーンのコラムを書いてみようと思います。
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札幌の街は、夜になると音を吸い込む。空気はためらいなく冷えて。足音も、感情も、胸の奥にしまいこまれる。その静けさのなかで、なおもひっそりと、しかし確かに熱を放ち続けている場所がある。演劇専用小劇場BLOCH(ブロック)のことについて語ろうと思う。
BLOCH(ブロック)へ向かう道は、いつも少しだけ心細い。何度も足を運んでいるはずなのに、本当にこの道の先に、あの小劇場はあるのだろうか。
扉の向こうには小さなロビーがあり、そのまま舞台に直結している。何度も塗り直されたであろう壁や柱。ほんの数十席の観客席は、ところどころテープで補修されている。この場所が使われ続けてきた、時の流れを物語っている。
この舞台には隔たりがない。空間を共有する全ての人の間には隔たりがない。役者の息遣い、視線の揺れ、汗の気配までもが届いてくる。役者のとまどいが胸に突き刺さる。観客に安全な傍観者でいることを許さない。床のきしむ音。衣擦れ。物語はこちら側へ転がり落ちてくるし、沈黙や小さな笑い声が、舞台の温度をわずかに変える。
BLOCH(ブロック)の舞台には、常に実験の匂いがある。照明がずれる。テンポが合わない。荒削りで、不器用で、時に理解しきれない。それでも、いや、だからこそ、人が人の目の前で表現するという行為の、避けがたい現実と厚みが、そこに横たわっている。説明のつかない違和感や、言葉にできない感情の残り香が、心の奥底に沈殿していく。
公演が終わると、役者は役者の姿のまま、小劇場の前に整列し、観客を見送る。ありがとうございました。ありがとうございました。どちらともつかない声が混じり合う。街は何事もないような顔をしている。そう、実際に何事もなかったのだ。けれど建物の影は意味ありげに見えて、遠くの灯りは物語の続きのように感じる。
演劇を続けることは簡単ではない。それでも舞台を立ち上げ続けている人たちがいる。ここには派手な看板があるわけでもないし、当然ランドマークにはなれない。けれど、役者を志す若者たちにとって、この場所はかけがえのない心臓部として。今日も札幌の片隅で、小劇場は鼓動を続けている。
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次回は、ハピネス不健康四天王から脱退しつつある、小山課長のお言葉です。
心して拝読しましょう。





