第48回「100年先までのバトン」
藺草(いぐさ)の芯を燃やして採取した煤(すす)に香料を混ぜ、膠(にかわ)で固めて作る。
と、ここまでは授業で習ったのだけど、それでこんなカッチカッチでツルンツルンで真っ黒な墨が出来るんだ~。水を付けて摩るとものすごく漆黒な汁が作れる。そんでもって摩っても摩っても全然減らない。カッケ~。
と思った小学生の私は高校生になり、文化2年という聞き慣れない元号の頃から墨を作り続けているという、奈良の墨屋さんを訪れたわけであります。
墨屋さんということで工房のような場所を想像していたのですが、訪れてみるとそこは巨大な工場でした。ふむふむなるほど、確かに藺草(いぐさ)の芯を燃やして採取した煤(すす)に香料を混ぜ、膠(にかわ)で固めて作っている。
そうして出来上がった沢山の墨は、灰の入った箱に入れられ、乾燥工程に入っていました。
「この墨はどれくらいで乾くんですか?」
「大きさによって違いますが、1ヶ月~3ヶ月です。」
「え~!乾燥って時間かかるんですね~。」
なんて話しているとまた次の工程へ。すっかり乾燥した沢山の墨が新聞紙の上に並べられている。
「これは何をしているんですか?」
「乾燥させています。」
「え~!!」
すっかり乾燥しているようにしか見えない墨を、そこからさらに乾燥させている。しかもこの新聞紙は毎日取り替えられ、その作業は半年~1年にもわたって続くというのです。
「墨の表面は確かに乾いていますが、芯の部分はまだまだ乾いていません。」
「灰を使った数ヵ月の乾燥だけでは、100年後には墨にヒビが入ってしまうかも知れない。100年先まで品質が保てるようにこの方法で乾かす必要があるのです。」
良い墨は100年200年の寿命をもっているそうな。さらに言えば、適切な保管方法で保存された墨は古ければ古いほど良くなっていく。筆跡がしっかりと残り透明感のある滲みに変化していくのです。
墨職人さん達は、自分が死んでいなくなった後の世界に暮らす人々の満足を願いながら、今日も私には想像もつかないような手間暇をかけ続けている。100年先までのバトン。
この世界にはそのように受け継がれる様々なバトンのヒストリーがあります。そんな物語の中に、私が幼い頃からずっとあこがれ続けていて、だけど諦めていたもう一つのバトンのお話があるのですが、またいつか、機会があればそちらのお話もいたしましょう。それではまた。
札幌事業所の石田でした。
次回は帯広事業所の永遠の少年、菊地さんです。